学部長からのメッセージ

世界共生学部が目指すこと~判的思考と共感力~

グローバル化時代の共生と新たな価値の創造にむけて

東西冷戦の終結から30年以上が経ち、グローバル化という言葉がすでに陳腐になるほど、世界は一体化を強めてきました。2020年、計らずも人類は、新型コロナ・ウィルス(COVID-19)の世界的な感染爆発(パンデミック)に直面し、国境を越える人々の移動がいかに激しいものであるかを、人命という多大な犠牲とともに見せつけられました。それと同時に、社会の多文化化が進む中で、移民や難民などマイノリティの人々が平等な医療的・経済的支援を受けられないことも明らかになりました。
日本も例外ではありません。日本政府は公式には移民を受け入れないとして、移民政策を策定してきませんでしたが、1989年の出入国管理および難民認定法(入管法)改正を機に、「ニューカマー」と呼ばれる外国人の定住者が激増し、日本社会は確実に多文化化しています。しかし、長い歴史をもつ在日コリアンを含め、平等な権利を保障されて共生が実現しているとは言い難いのが現実です。少子高齢化時代を迎えたいま、多文化社会であるという現実を前提として、さまざまな文化的背景を持つ人々の間の軋轢や摩擦を克服して「共生」を実現すること、これが、日本にとって最も重要で差し迫った課題の一つであることに異論はないでしょう。
ところで、フランスを中心とするヨーロッパの移民政策や外国人コミュニティについて研究されてきた宮島喬氏は、多文化共生を実現するためには、複数言語を駆使するコミュニケーション能力だけでなく、多文化理解の能力をもつアクターが必要であると指摘されています。また、真の共生社会では、単に多様な文化やアイデンティティを尊重し合うだけでなく、多文化的状況に向き合い、違いを尊重しつつ共有する価値を見出そうとする姿勢、「対話的な想像(力)」まで要求されるとのことです(同著『多文化共生の社会への条件』東京大学出版会、2021年)。私たちの世界共生学部は、2017年に創設されて以来、英語と日本語を中心に複数言語によるコミュニケーション能力を磨くとともに、リージョナル・スタディーズによって世界の諸地域の歴史・文化と現代的な課題を、地域創生科目によって内外の地域コミュニティにおける異文化接触を通じた新たな価値創造の実践を学びとろうとしてきました。その基礎にあるのは、歴史学や社会科学から獲得できる批判的思考と、フィールドワークによって培うことができる共感力です。これらの学修を柱として、世界の人々の平和的な共生社会の実現に貢献する学部として発展したいと考えています。

多文化社会で不可欠となる世界共生学部での学び

多文化化が進んだ現在の日本でも、諸外国で起きた異文化間の摩擦や葛藤のニュースに接すると、「日本は単一民族なので、そうした問題とは無縁だ」と思い込んでいるマジョリティの日本人は、大学生を含めて、少なくありません。こうした思い込みには、二つの大きな問題がはらまれています。一つ目は、言うまでもなく、「日本は単一民族」という歴史と現状をめぐる認識です。もう一つは、異文化接触や社会の多文化化を「不都合な問題」と捉える先入観が潜んでいることです。この点に関しては、多様な文化の接触や混淆が新たな文化の創造につながった歴史に注目してください。日本文化なるもの自体、中国や朝鮮など東アジアをはじめとする世界の諸地域との交流の中で形成されてきたものですし、現在の世界を見渡せば、グローバル企業など先端的なビジネスの世界で新たな商品やサービスを生み出す原動力は、多様な文化的背景を持つ人々の接触と協力に負うとことが大きいことがわかるでしょう。つまり、まずますグローバル化が進21世紀の世界では、人々が暮らす地域コミュニティにおいても、巨大なビジネスの世界においても、さらには各国経済の相互依存が強まるとともに露わになる、政治や軍事、通商などさまざまな分野における国際的な利害対立の解決にとっても、多文化理解に基づくコミュニケーション能力と多文化状況における現代的課題を解決する能力が必要とされるのです。地域社会においても、企業においても、行政や教育をはじめとするさまざまな公務においても、世界共生学部の実践的な学びはきっと役立つことでしょう

 

学部長紹介

鈴木 茂 SUZUKI, Shigeru

学歴

東京外国語大学外国語学部ポルトガル・ブラジル語学科卒業(1979年)
東京外国語大学大学院地域研究研究科修了(1981年、国際学修士)
一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程2年中退 (1983年)

職歴

東京外国語大学 外国語学部学部 助手、助教授をへて、教授(2001-2008年)、配置替えにより大学院総合国際学研究院教授(2008-2018年)
名古屋外国語大学 世界共生学部 教授 (2018年~)、同学部長(2021年〜)

主要論文・編著・訳書

鈴木茂(2009)「多人種・多文化社会における市民権」立石博高編『市民社会と国家』山川出版社
鈴木茂(2011)「「人種デモクラシー」への反逆-アブディアス・ド・ナシメントと黒人実験劇場(TEN)」真島一郎編『20世紀<アフリカ>の個体形成』平凡社『物語 ナイジェリアの歴史-「アフリカの巨人」の実情-』 (中公新書)中央公論新社
鈴木茂(2014年)「「黒い積み荷の往還:奴隷貿易から見る大西洋世界」歴史学研究会編(2014)『史料から考える 世界史20講』岩波書店
ジルベルト・フレイレ(2005)『大邸宅と奴隷小屋』日本経済評論社
ルシア・ナジブ編(2006)『ニュー・ブラジリアン・シネマ』プチグラ・パブリッシング
ボリス・ファウスト(2008)『ブラジル史』明石書店